コレクターのコラム - 美の演出

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木下恵介と山田和

木下恵介

木下恵介 
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山田和

山田和 赫釉織部皿

カタログ・レゾーネが以前と違って充実し、ほとんどがカラー版になっています。好みのクレー、スタール、ニコルソン、とりわけミロのものをひもときながら、モーツアルト、バッハ、ブラームスを耳にしているときは最高の時です。

稀にクリムトの画集をみますと、人物、風景に世紀末特有の鋭い切り込みがみられます。そのときは惹かれます。いつものことながら、暫らくすると、気味悪くなってきます。結果遠ざかり、いつの日か又惹かれ、同じことを繰り返します。

音楽の場合も似たようなことがあります。
普段モーツアルトをよく聴きます。理屈抜きに楽しい。バッハ、ブラームスも聴く機会が多い。バッハの音楽は深い精神性や清澄な叙情性を具え、聴く者をして強い緊張感をもたらします。ブラームスは浪漫的な憧憬と孤独感をもった美しい旋律に哀愁を漂わせています。 甘味に溺れるのでなく抑制を利かし、渋く重厚さをかもし出す特有の雰囲気をもっています。私の感性と符合しますのでよく聴きます。こういった中で稀に思い出したようにガーシュイン、コープランド、特にストラビンスキーを無性に聴きたくなる時があります。

異なった調性の旋律を同時に重ねる手法と、無機的なとぎれとぎれの動機的旋律に独特の破壊的ともいえる強烈なリズムを切り込み、圧倒されます。
先に述べた絵と同様に、こういった音楽は何かほっとしたような開放感を生みます。力強いストロークに大胆な赤の色づけをした木下恵介(版画)と山田和(陶器)の作品は、ストラビンスキーが音で仕上げたものと同じだと思います。

木下恵介の版画(図版①)と山田和の陶器(図版②)にふれます。二人のジャンルは異なります。二人の作品から形と色に強く惹かれます。非常に新鮮に感じます。マレヴィッチの単純な短冊様の長方形の組み合せによるリズム感。山口長男の長方形は一見野暮で土着的しかし力強い。
アルプにみられる有機体の凛とした姿。こういったものにひかれます。

一方木下の図①は赤の太いささくれだった上に擦れを伴ったストロークと薄めの茶のストロークをほぼ格子状に仕立てています。
山田の図②は径17cmの小さい皿に赤の不安定なストロークが波打っています。
一見、この赤の釉薬がグロテスクの文様にみえるが、強い赤と形で律をもった力強いものになっています。「赫釉織部皿」と名付けています。伝統的焼物は詳しくは知りません。

織部の形と色とデザイン、深味のある吸い込まれるような青を配した古九谷、大胆なデザインを使った色鍋島、こういった今日的な感性が、当時の時代背景から又歴史に残るアーティストの手によるものでなく所謂「職人」の仕事から生まれたというのは驚きです。

年齢と共に美術にしても音楽にしても好みが固定したものになる半面時として、音楽でいえばストラビンスキー、ドビッシイー、バルトーク。美術では1940年頃からのヨーロッパのアンフォルメ、アメリカの抽象表現主義の画家達のもの(既に古典の域に入っていますが)に無性に接近したくなることがあります。
これらは20世紀の初頃からはじまったフォーヴィスムス、キュビスムス等も含めた既成の美術概念を大きく転換した。そこには従来の「美」と異なった美が提示されました。この図版①、②は小粒ですが、こういった範疇に入るものと思います。
この二点は雑誌の広告写真で出合い、購入したものです。

(2003年6月S.T.記)

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