コレクターのコラム - 美の演出

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顔のないArtist-深沢軍治

深沢軍治

深沢軍治 トルソー(背伸び)

深沢軍治

深沢軍治 記憶風景 №3

深沢軍治

深沢軍治 ほほえむ №8

深沢軍治

深沢軍治 ほほえむ №9

深沢軍治

深沢軍治 Untitled

深沢軍治

深沢軍治 冬の花

やや刺激的なタイトルです。タイトルから取りようによっては誤解を招く恐れがあります。絵をみて即座にArtist名が出る。
これが創造性豊かな個性を持ったArtistの顔だと思います。20世紀に入ってこのことが必須条件となり煌星の如く輩出しました。個性ある顔だけでもってワン・パタン化し、作品の単調さをひきずり、どの絵も同じ内容におち入る作家がみられる。

このことが画商及びコレクターにとっては安心感をもたらす。自己模倣の繰り返しによりあらたなる創造性の欠如をもたらす。その例がマチユーでありアルトゥングと思います。
極端な言い方かも知れませんが、この二人の作品は日本画に使われる印譜を画面全体に押したようにみえます。因襲化とマンネリズムの繰り返しはきらめく創造性と個性豊かな集団から淘汰されていくと思います。

今ここにマニエルリ(1888-1971)というArtistをとりあげます。彼は具象と抽象のあいだを往復しながら洗練された才気あふれる画家です。出発点は抽象の作品をてがけ、途中具象絵画を描き、再度抽象様式に移りました。
抽象期においては多様な形態と色彩の間には非常に鋭い緊張関係がある。具象期における風景、人物などの主題を描きその後「石」の連作に向かう。その形態は単純な色面に還元されて、堅密な二次元的画面構成の中に組まれている。
筆触を残さない濃密なマティエールと、左右対称を基本とする堅固な構成感覚は彼独特のものである。この特有の感性と独創性を具えた作家は多様性故に顔が見えにくくなっている。ここまでは「深沢軍治」について書きたかったので記述したものです。

或る画廊の方から「深沢軍治」を知っているかと問われるまで全く知りませんでした。気に入ってもらえる作家ですよと言うことで、二人で会う機会を設定してくれました。
前述の抽象から具象、再度抽象へと移行したマニエルリと異なり、深沢さんは具象作家です。

枠にはまらず、自由に自己表現する作家です。会う前に画廊の方から資料をいただき目を通しました。特に文化庁派遣在外研修報告書(1986-87 ニューヨーク)に浮き彫りにされています。少し長くなりますが一部引用します。
「大学でのアカデミズムと称する授業を受け、一歩外に出ると当時現代美術と言われた学校の勉強と全く合い入れない作品がやたら元気に巷に溢れ、それらの作家たちの何が何だか全くわからない難しい話などに自らの無能を恥じ、自信喪失に悩みました。
卒業後も次々と生まれては消えていく現代美術について行けず、かと言って売れっ子の具象画家のように割り切って大人にもなれず暗中模索を繰り返してきた。ニューヨークには悩ませ続けた日本のあの頃の現代美術の元の根っ子があった。
そのほとんどが根なし草として日本に流れてきていたのです。始めから根のない草の根っ子に悩んでいた訳です。何でもかでも外のものに価値を強く感じた時代だったのかも知れません。ニューヨークでとんでもない難問を拾ってしまいました。
非力な者ながら、根のある物を造らなければならない難しい事に直面し前進したい。」主に美術館、画廊廻りに時間を費やしたとのことです。印象に残った個展はテリー・ウインタ-、ジャスパー・ジョンズ、キャサリン・リー等の記載もあります。

画廊主にも加わってもらい、1時間ぐらいでひきあげようと思っていました。昼食をいただき1時頃から始め、終わったのは7時で、12月でしたので外は真っ暗でした。途中いつの間にか気付かぬ間に画廊主がいなくなりびっくりしました。
深沢さんの相当数の作品をスライド(500枚位?)に納めたものをみながら話が展開していきました。人物、風景、物、動物すべて彼の心象描写です。板、和紙、綿布等にアクリル、油彩、木炭、墨、顔料といった材質を使い対象物を大らかな形に仕立てあげ、色も大胆な暖色系を使う反面しっとりした寒色でまとめあげるものもありました。

すべて心象風景ですので柔軟で解放的な絵画になっている。
当然の如く文芸本のカバ-絵とか雑誌の表紙絵、レコードのジャケット等によく採用されているようです。話の半ば頃スライドでなく紙にすべての暖色系の色を点描の手法で動く自動車を(7-8枚位)描いたものが出てきました。50号大位のものでそれは迫力がありました。
動きのある自動車にまばゆいばかりのきらきらした色が鏤められている。

深沢さんに「これは面白いよ。大多数の画家はこれを多少ヴァリエイションを加えながら10年位自分の顔として売り出すと思いますよ。ただ、一寸気になる所があります。未来派の作家にこれに近い手法を使っている。」
それを言った瞬間、「そこを指摘されると一番痛い所です。」当初は御自身気がつかず、後にそのことに気付いたそうです。初期に木版を製作していた頃、摺りの時づれが生じそこに興味を持ち、ヒントを得たとのことでした。

深沢さんはよくシリーズものを手掛けます。その製作中に次から次へとImaginationが拡がり、夜を徹してとりくむ。より創造的なあらたなものに取り組みたいということでした。このことが深沢さんの個展に画学生を惹きつけ文芸雑誌の表紙等を扱う人にも関心を持たせる。
「ほほえむ」のシリーズ(10点)と他に10点コレクションしていますが、人に見せても本当に同じ作家なのと訝ります。

出来上がった作品と作家とが直ちに結びつくのが一般的です。同じモチーフをくりかえし、作品の類似化した作家を画商は安心して扱え、コレクターも蒐集出来る。美術館にしても同じことだと思います。
創造性豊かで多才な上に多様性をそなえた深沢さんを[顔のないArtist]と名付けた所以です。

(2003年10月 S.T記)

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