コレクターのコラム - 美の演出

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コレクション展

この度、40年以上にわたる私のコレクションの展覧会を4つの美術館(アートホール神戸、あさご芸術の森美術館、円山川公苑美術館、BBプラザ美術館)において開催して頂くことになりました。(今回出展する作品はコレクションの中の100点余りで、美術館毎に出展する作品が異なってくる場合があります。)

以下の文章で作品を蒐集し始めた頃、限られた予算の中で夢中になっていた頃、比較的冷静に好みをしぼった頃など各期に手にした作品の想い出、またはそのエピソードにまつわることを述べさせていただきます。
以前このページに書いた文章と一部重複するところもありますがこの機会にあらためて書きます。

杉山寧

杉山寧
ジュブ・アド
杉山寧はすぐれた描写力、密度の高い構成、透明な品格をたたえた作品に定評があります。
1967年日春展での「ジュブ・アド」を購入した時の気分の高揚を今でも忘れません。
この作品はいわゆる「エジプト」シリーズの最終時のものかと推量していましたが分からずに困っていました。思い切って杉山さんに直接教えて頂こうと手紙を出しました。しばらく音沙汰がありませんでしたが約3ヵ月後に返事が遅れたことのお詫びと質問に対する回答を書いた便箋2枚にわたる丁寧な手紙をいただき、小踊りしたことを憶えています。
これを機にこの作品は杉山寧の画集に掲載され、また杉山寧回顧展(日本経済新聞社主催)にも出品の依頼がありました。
2年後に「游」を手に入れました。この絵を境に「寧印」から「白文六角印」に変わりました。余談ですがこの「游」には制作年代のアラビア数字が画面の左右にあったので杉山さんに頼んで右側を削除していただきました。絵全体のバランスの為か全画面が加筆修正されていて以前の作品より爽やかさと透明度が増しました。

福田平八郎

福田平八郎
福田平八郎は事象を瞬時に俳句的感覚で捉え、デザインすれすれの所で表現する一方色彩を重視した作家です。
いまだ帝展盛んなりし頃の1932年の「漣」、1934年の「花菖蒲」等の作品を見るにつけ、その“新しさ”に驚くばかりです。
まさに今日的感性の持ち主だと思います。時代を大きく先取りした日本画家です。
この「竹」(1986年大分芸術会館での福田平八郎回顧展出品作品)は小振りの3本の竹を上下にカットした一見何の変哲もない図柄。年次の異なった3本の竹の微妙な色感と、ゆれ動くバックの色の綾なすハーモニーからなっています。
これはマチスの世界だと直感しました。この頃は曖昧模糊とした幻想的な作品に夢中になっていましたが、この「竹」を入手した後に好みが一変しました。

奥村土牛

奥村土牛
古九谷
奥村土牛のように目に見える現実のモノのみを的確に捉え夾雑物を除去し清澄なものに仕上げることは単純そうで難しいことだと思います。
「古九谷」(1958年東京国立近代美術館での静物画展出品作品)は私が手に入れたはじめての日本画らしい日本画だと思っています。
白の背景に同色の器という控えめな図の作品ですがある意味では大胆とも思えます。これが土牛の力量ではないでしょうか。
この作品の制作時の前後に土牛の傑作が集中しています。

高山辰雄

高山辰雄
少女
高山辰雄は通俗さや綺麗さを避けたどちらかといえば生まじめな難解さを持った作家です。
風景にしても人物にしても“しなやかさ”の上に品位があると思います。私はこういった雰囲気が好きです。
「少女」(1987年世田谷美術館高山辰雄展出品。高山辰雄自選集の扉絵)は手に入れるのに苦労した絵でした。ざっくりとした洋服を着た人物。背景の渋い色と決して派手ではない赤色系の着衣の姿に魅せられます。ある美術館のオープン展に貸し出した時に日展の幹部の人が「少女」の顔は高山の自画像だと言っていたと聞きました。
「少女」を制作した翌年日展に有名な「抱く」を発表し、抑制のきいた少女像が次々と登場してきました。

山本丘人

山本丘人
降り積る
山本丘人のイメージは鋭く力強い男性的な緊張感です。初期の優しい大和絵調を経て質実剛健な画面構成に移行し、初期の大和絵調とは違った詩情あふれる優美なものに変化しています。
「霧の道」は中期のゴツゴツとした風景画です。1972年東京の百貨店での丘人展に出品されたものです。
「降り積る」に接したときは正直びっくりしました。垣根と広い庭に積もった雪に椿の一輪の花片が正面の片隅にあります。ごくありふれた図柄ですがこのような状景でも絵になるものだと感じました。

この作品は1994年東京国立近代美術館での山本丘人回顧展に出展の依頼がありました。丘人の中でも特異なものだと思っています。 氏が若い作家達の絵にコメントをもとめられた時に「君、左手で描いたらよくなるでしょう」と答えたと何かで読みましたが「降り積る」はそのようなエピソードを思いおこさせる絵だなと思っています。

私は写実的な花鳥画や風景画には今もってほとんど関心がありません。日本画もおのずと作家の個性と私の趣向に合った作品だけがコレクションになっています。

小磯良平

小磯良平
婦人
その後洋画にも関心をもつようになり最初に手に入れた作家が小磯良平です。
小磯良平は日本の油絵の分野での最も正統派の画家の一人です。日本の洋画の大事な土台作りの仕事に生涯を賭けました。画風も終始大きな断層はなく一貫して心に深く滲みる清澄感がみられます。
「婦人」にもその一端が伺えます。婦人が奥行きのない狭い空間に体を斜め45度に傾けて椅子に座っています。

牛島憲之

牛島憲之
伊豆の漁港
洋画購入の第二号は牛島憲之の「伊豆の漁港」。牛島はタンク、高速道路等の曲線をゆったりとしたうねりをもって描写しています。

山口薫

山口薫
或る雨の日
山口薫は現在でも気にかかる作家の一人です。絵から何を感じるかという問いかけに対して「音楽」や「詩」だと答える人も多いと思います。山口薫は絵に詩魂を入れた画家です。
大まかな作風は三期に分けられると思います。
第二期(1950年代)は画面構成がひきしまり盛んに菱形がみられ、色の対比で詩情豊かに謳い上げています。
第三期(1960年代)は一見ひ弱な画面で消え入るような対象を哀感こめて描いています。
収集した山口の作品はどれも私にとって印象に残る作品たちです。
「手」(1952年サロンド・メに花子誕生と共に出品)の購入時、この絵は以前どこかでみたことがあるという確信がありました。私が竹内栖鳳の「松魚」等をコレクションしていたごく初期の頃「芸術新潮」の広告欄でみていました。当時から無意識のうちに見て覚えていたのだなとびっくりしました。
「或る雨の日」も第二期にみられる特徴が出ています。親子か恋人同志か分かりませんが顔には目鼻立ちを描いていません。目鼻立ちを描かないのには種々解釈がありますが、山口が含羞の人でもあったからだろうと思います。

鳥海青児

鳥海青児
ピカドール
鳥海青児は日本の古美術に深い関心をよせ、その造詣の深さをもとに新たなフォルムへの追求を試みました。日本的色彩に彩られた静かな秩序を求めて苦闘した人です。
日本の伝統に根ざした「形態の単純化」をひたすら求めた結果が鳥海の厚塗りとなりました。絵具を削り、重ね、また削りと、床に絵具の塊が散乱している様は左官職人の仕事場のような光景だったと何かで読んだことがあります。
鳥海の気に入ったモチーフには数点から数十点、同じタイトルの繰り返しがみられます。「ピカドール」も大小合わせて約15点描いています。
「ピカドール」を見た時には私自身も久し振りになんとしても手にしたいと気分が高揚しました。
この作品は単なる写生ではなく、人馬一体を極度に単純化している中国の古代銅器を想わせる馬の美しい安定感は銅器の足を思いおこさせます。
作品の正式名は「武装した馬(ピカドール)」(1970年第3回現代美術展で大賞受賞)というものです。この作品に関する資料を調べた所、鳥海の画集、展覧会にはすべて出ていました。
私が入手して以降この作品が美術館関係者の間で行方不明の状態になっていると聞いていましたのでこの絵に対し気の毒に思っていました。そういうことからもこの作品が次に述べる鈴木治の「馬」と共に出展される機会を与えていただき感謝しています。

鈴木治

鈴木治
鳥海の「ピカドール」を購入した折に鈴木治の「馬」のことが頭をよぎりました。赤陶の馬と違って青白磁のものはほとんど入手不可能と聞いていましたので半ばあきらめていましたが、後に縁あってある筋から入手出来ました。
鈴木治は八木一夫、山田光等と1948年「走泥社」を結成。このグループは陶芸の分野において陶器としての用をなさない革新的なフォルムの作品を次々に生んでいきますが、鈴木はその先駆けとなった陶芸家の一人です。
馬などをモチーフに作られた独特の陶・磁の造形はおおらかでユーモラスです。
その根底には対象の徹底した単純化があり、そこには洗練された知性が漂っています。
鳥海と鈴木はジャンルこそ違いますが、両者が目指したものは共に写生ではなく単純化を極度に押し進めたことです。その過程において対象を凝視し作品を削り、重ねてゆるぎない形にしました。
人を評する言い方のようですが美術品にも健康で知性がありさらには抑制が利いて品位を備えたモノがあります。こういったモノに強く惹かれます。
これに関連して鳥海の素描ピカドールも手に入れました。

辰野登恵子

辰野登恵子
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私のコレクションの中では辰野登恵子さんの作品(タブロー、素描、版画)が一番多くなっています。
辰野さんの作品は初期の頃から見ると作品にゆったりした変化がみられます。
絵画の色面構成は形態に照準が合わされています。四角いブロックに閉じこめられた色彩は地の色彩とせめぎ合いながら画面全体を振動させているような感覚を観る者に与えます。
輪郭を曖昧にしながらも色彩のボリュームや明度、彩度で変化をつける辰野さんの取り組みは氏が「私の神様はマチスです。」と言い切る所から始まっているように思います。まさに氏の作品はマチスの実験を日本の風土に自覚的に植えつけるものと言えます。
1995年東京国立近代美術館の辰野登恵子展をみました。いくつかの大きな正方形の部屋の壁面に色彩が幾重にも映えてシンフォニーを奏でているような錯覚をおぼえました。
1993年に日本経済新聞の文化欄に「絶頂への予感」というタイトルで10人の作家をとりあげていました。辰野さんの美に対する思いと氏が尊敬する作家に対する思い入れを読み感服しました。
こういった美に対する氏の発信を読むにつけても汲めども尽きぬ美の構想が常に湧き出ていてイメージが枯れることのない作家だと思います。
辰野さんから色彩の楽しさを私はあらためて教えられました。

この関連で田中敦子、山田正亮、長沢秀之さんに触れていきます。

田中敦子

田中敦子は混じりけのない赤なら赤の独立した個体が種々の色の個体とぶつかり、せめぎ合った画面に仕上げています。
人間活動の多様性からか現在では美しいとかきれいとかいう言葉は美術用語からはやや離れてしまい、最近はむしろ数学、物理学、天文学の分野でよく用いられている用語のようにもみえます。
でも田中敦子の作品をみる度に私は“美しい”、“きれい”という言葉が氏の作品に一番ふさわしい言葉のように思えてなりません。

山田正亮

山田正亮の作品(1960~61年)を初めみたときは強く惹かれる絵ではないようにみえました。しかししばらく眺めていると色彩の輝きが部屋に差し込む光線の時間差で微妙に変わっていきました。決して自己主張の強い色合いではありませんが品のある色が横軸に幾重にも重なりあっています。

長沢秀之

長沢秀之の作品は小品です。小さい丸の集団に淡いおだやかな種々の色をつけ画面をうめつくしています。絵のかもし出す雰囲気から思わず幸せな気持ちにしてくれる作品だと思っています。

深沢軍治

絵をみて即座にその作家の名前が思い浮かぶ。このことが創造性豊かな個性を持った作家の条件だと思われているようなところがあるようです。このような条件を満たす多くの作家たちがきら星の如く輩出しています。しかしこの個性ゆえにどの作品も単調で同じ内容に陥る作家もたくさんみられます。このようなある意味でワンパターンな作品の方が画商やコレクターに対して安心感を与えるという面もあるかと思いますが、自己模倣の繰り返しによりあらたな創造性の欠如をもたらすという傾向があることも見逃せません。
深沢軍治さんは上記とはまったく異なった作家です。創造性が豊かで固定化、パターン化したものはありません。しかしどの作品にも根底には深沢さんの特有の雰囲気がよみとれます。
人物、風景、物、動物すべて氏の心象描写です。板、和紙、綿布等にアクリル、油彩、木炭、墨、顔料といった材質を使い対象物をおおらかな形に仕上げています。
色も大胆な暖色系を使う一方でしっとりした寒色でまとめあげています。
「ほほえむ(№1~№9のシリーズ)」の№1は板に彩色をほどこし、その上に和紙を浮かしてぼんやりとすかす。同時に和紙にも独立した彩色を施した作品です。

浜口陽三

浜口陽三
17のさくらんぼ
浜口陽三のサクランボを中心としたカラーアクアチントです。

音楽性と詩情をたたえた品のある作品群です。 興福寺の「阿修羅」をみてこの像が現代の我々を強く惹きつけるのは何故かと考えていました。
端正な顔立ちなのか?確かにそれもあると思いますが私が感じたのは三本ずつある手と腕、計六本の手と腕の変化のある動きにリズム感があるということでした。
そして浜口のやや大きめの画面の「サクランボ」も「阿修羅」と同様リズミカルに心地よく跳ねていると感じています。こんな見方は少し間違っているかも知れませんが・・・。

丸山直文

丸山直文
missing 6
最後に丸山直文さんの「missing」。この絵を購入した時、いろんな感情が入り混じっていました。
画面いっぱいに子供の上半身。顔はピンボケのようにみえる。子供服は爽やかな色で明快です。不思議な謎めいた絵です。
何人かの人にこの絵をどう思うかとたずねますと、気味が悪い、よく分からないという返事がかえってきます。私も今もってよく分かりません。ですが何か人に訴えかける絵だと思っています。

ギャラリーからのお知らせ

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